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タイトル |
アメリカで成功した日本の起業家たち 〜日本人リーダーに見る異文化対応戦略〜 |
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講 師 |
富永啓一郎氏 |
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日 時 |
2000年6月9日(金) 18:30〜20:30 |
講演トピック
第二次世界大戦後、日本は国を挙げて産業の復興に邁進し、急速な発展をとげた。その過程と足跡を異文化交流及びマーケティン
グの視点から振り返る。
1. 敗戦−日本国憲法設立(GHQ・マッカーサー草案)−アメリカ人の流入
2. 異文化摂取(特にアメリカ文化)−産業復興(朝鮮戦争−特需景気)
3. 日本企業の海外市場進出の経緯、歴史、その成功及び失敗事例
(例:松下幸之助、盛田昭夫、本田宗一郎等)
4. 広告・マーケティング・コミュニケーション戦略−グローバルからリージョナルへ。
そして、再びグローバル化へ
5. 国際ツーリズムの発展と21世紀の展望
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講師紹介
(株)インタープロ代表。横浜国立大学経営学部講師。
元タイム誌米国版日本代表。
(Former Japan Director, U.S. Edition of TIME)
中央大学卒業後、米タイム社に入社、日本企業の輸出促進広告を扱う。松下電器、ソニー、ホンダ、キャノン、セイコー等の対米進出に際し、広告・マーケティング戦略の実施に直接関与。1972年にインタープロを設立以来、出版・国際PR等の業務にあたる。1981年外国航空会社として初めてのパン・アメリカン航空の日本語機内誌を創刊。つづいてユナイテッド航空およびノースウエスト航空の機内誌を編集発行。
氏は、また、日本外国特派員協会、日米協会等の諸団体を通じて、特に、芸術・文化、マスコミ、スポーツの分野で幅広く活躍中。
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講演会報告 (久米昭元記)
6月9日東京の神田外語学院において第43回異文化コミュニケーション講演会が開催された。演題は「アメリカで成功した日本の企業家たち−日本人リーダーに見る異文化対応戦略」で、講師には米国タイム社で長年にわたり日本企業の輸出促進PR活動に従事してきた富永啓一郎氏を迎えた。
第2次世界大戦後、日本が国を挙げて産業の復興に邁進し、世界に比類ない急速な発展を遂げたのは周知の事実であるが、氏はその復興の過程と足跡を異文化交流およびマーケティングの視点から振り返った。
敗戦から日本国憲法の設立に至る期間、日本はアメリカの強力な諸施策により異文化、特にアメリカ文化を積極的に摂取し、戦後の新しい社会を定着させた。経済的には、1950年に起こった朝鮮戦争がもたらした特需景気を梃子に産業の復興に努め、さらには日米講和条約、日米安全保障条約の締結により日本は国際社会に復帰した。現在では揺るぎない世界的ブランドとなっている日本の企業(ソニー、パナソニック、ホンダ等)が1960年代に初めて海外市場へ進出するにあたっては様々な戦略を駆使してアメリカ市場を席巻していった。またその発展のめざましさを目の当たりにして日本式経営を導入することでよみがえった外国企業も現れた。
このような日本企業の進出の一端を担った広告・マーケティング・コミュニケーションの活動においては、対象となる地域や国の諸事情に関する様々なデータの収集・分析、技術の駆使が行われ、異文化としての各地域性を熟慮し、媒体も入念に選腹された。氏は松下幸之助、本田宗一郎はじめとする豊富なインタビュー体験をもち、そのような経緯についてエピソードを交え、臨場感豊かに話し、定刻を過ぎるまで参加者の熱心な質問に対応した。
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