「興梠」という性の由来についての記事がありましたのでご紹介します。

芸術新潮 19991月号
「梅原猛、天皇家の“ふるさと”日向をゆく」より


 もしコウロギさんという人と出会ったら、宮崎県高千穂町の出身と思ってまず間違いない。今は興梠と書くが、昔は神呂木とも書いたらしい。すなわちカムロギ、男神を敬った言い方である(女神はカムロミ)。興梠一族が住むのは、『古事記』がニニギノミコト降臨の地と記す?触岳にほど近く、かつて「こうろぎの里」とか「こうろぎの内裏」と呼ばれた一帯で、中心には荒立神社が鎮もる。祭神であるサルタヒコとアメノウズメは、天孫降臨の際の出会いの後、ニニギノミコトの仲人でめでたく結婚の運びとなった。そこで大至急、荒木のままの材で新居を作ったのだが、神社の名の由来だという。ここはつまり天孫降臨の立役者夫妻の新婚の家跡というわけ。縄文人と弥生人の混血によって現代の日本人が生まれたとされるが、天つ神アメノウズメを渡来の弥生人、国つ神サルタヒコを土着の縄文人と考えれば、この結婚は日本人の起源を象徴するとも言えようか。荒立神社には、サルタヒコ・アメノウズメの立派な神像が仲良く並んでいらっしゃって、神話を目の当たりにするようだ。本来はさらに二対、計6本の神像を祀っていたのだが、その二対の像は、明治年間に高千穂神社にお遷りになってしまった。ちなみに高千穂神社に鎮座するうち、一対が荒魂(神霊の荒々しい状態)、もう一対が和魂(神霊が優しくなごんだ状態)、そして荒立神社に残る一対が荒魂と和魂の中間の状態を示すのだそうである。